第八話/下鴨神社で会いましょう。思えばあれがきっかけだったね。


「どうして教えてくれなかったの!?」

 

彼女は怒鳴った。


怒髪が天を衝く勢いで怒鳴った。

 

その小さな身体のどこから?

 

いったいどこから
それだけの声量が生み出されているのだ?

 

拡声器でも付いてんの?


喉に拡声器でも付けてんの?

 

実はアンドロイドなの?

 

だから血が付いてても気づかなかったの?

 

 

ああ、納得です(^-^)

 


そんな冗談を考えている余裕もない程に

 

僕は震えた。

 

ガタガタと震えた。

 

 

「だ、だって、なんて言ったらいいの!?

 なんて言ったらよかったの!?

 お、おれ、こんなの初めてだし

 なんて言ったらよかったのですかっ!?」

 


「普通に”血がついてるよ”って

 言えばいいでしょ!!」

 


ああ、ホントそれな(^-^)

 


「いや、でもさ

 見方によっては、見ようによっては

 そういうデザインの服に見えないこともないよ!

 うん、いや、ホントに!
 
 お尻にバラの刺繍が入ってるんだなあ。

 

 って思えないこともなかったよ!

 

 いや、冗談抜きで

 これはちょっと真剣な話ね。

 

 現におれも分からなかったもん。

 

 その赤い染みが血である可能性を考えるよりも

 バラの刺繍だと考える方が

 なんとなくリアリティ、あ、現実味って意味ね。

 そう、現実味があったし。

 

 それが血なんだと気付くまでに

 結構、時間が掛かったもん。

 

 まあ、気付くまでにかかった時間よりも

 その事実を受け入れるまでに掛かった時間の方が

 長かったんだけどね、うん。

 

 まあ、そんなことは今更些細なことだよね。

 

 そう、だから、要するに。

 

 お尻にバラの刺繍が入ってるんだなあ。

 

 って思えないこともないよ!」

 


「思えるかああ!!!!!!!!!」

 

彼女は、けたたましく吠えた。

 


「仮にこれがバラの刺繍だとして

 こんな悪意のあるデザインのワンピースを

 好き好んで着る成人女性がこの世にいると思うの!?

 ねえ、思うの!?」


(世界は広いから、一人くらいはいると思う)

 

と思ったけれど

もちろん口にはしない。

 

これ以上、火に油は注げない。

 

火傷じゃすまなくなる、死ぬ。

 


「いいえ、思わないです」

 

「そうでしょ!

 思わないでしょ!

 いないんだよ、そんな阿呆な人間は!」

 


彼女は僕を睨んだ。

 

蛇に睨まれたカエル、よろしく。

僕のハートは縮み上がった。

 

ああ、井戸の中に帰りたい。

 

熊本に帰りたい。

 

 

しかし、帰れない。

 


何なんだ。

 

一体、この状況は何なんだ。

 

僕はただ、憧れの女性と

京都を楽しく散策したかっただけなのに。

 

何だよ、これは

 

ひどいじゃないか

ひどいじゃないか、神様。

 

 

どうして、今日、出会ったばかりの女の子に

こんなに怒られなくちゃいけないんだよ。

 

社会人になって初めてだよ。

 

こんな風に

面と向かって怒鳴られたのは。

 

別に僕は何もしていないのに。


ああ、でもそうか

この世界では「何もしない」は怒られるのだ。


学校の宿題も然り

放課後の掃除も然り

バスケのディフェンスも然り。

 

「何もしない」は怒られるのだ。

 

ああ、学生時代が懐かしい。

 

厳しく叱ってくれた先生の方が

思い出の中では優しく微笑んでくれている。

 

それは何故だろう。

 

ああ、学生時代に戻りたい。

 

 

しかし、戻れない。

 


代わりに話を戻そう。

 

 

僕は憤怒する彼女を尻目に

このようなことを考えた。


たとえいまは、辛いと感じることでも

時間が経って振り返ってみれば

辛かった思い出として、笑い話にできる。

 

辛さや悲しみとは瞬間的な感情なのだ

未来の僕へは届かない。

 

いつかまた二人が再会を果たした時に

 

「思えばあれがきっかけだったね」

 

なんて言って

 

お互いに思い出を共有して

笑い合うことができるのだ。

 

だとしたら


いいじゃないか。

 

気が済むまで叱られよう。

 


新しいブレンド

僕らのテーブルに運ばれる。

 

琥珀色の液体の上で

白い気体がワルツを踊る。

 

僕はその温かさを

今度はすぐに口にする。

 

そして彼女を見る。

 


向かい合うことから逃げることなく

誠実さを持って

僕に語りかけてくれるその女性を見る。

 

笑って許すのは楽だろう

 

だけど彼女はそれをしない。

 

僕はその理由を知っている。

 


”叱ってくれる人は、優しい人”。

 

 


第八話/下鴨神社で会いましょう。思えばあれがきっかけだったね。

 

ー完ー