第四話/下鴨神社で会いましょう。冷めたブレンドはお好きですか?

 

京都大学北門前にある

進々堂』という喫茶店

 

僕はブレンドを睨み。

 

彼女はうっとりとした表情を

カフェラテの泡の上に浮かべていた。

 

日本の未来を担う京大生が

こぞって訪れるという噂の進々堂

 

その店内は、実際に歴史が古いのか

はたまた、そう思わせるための演出か。

 

大きな木のテーブルやベンチシート

板張りの床、タイルの壁

ショーケースの彫り物たち

 

そのすべてが、時代の洗礼を受け

 

長く生き残ったものだけが得ることのできる

独特の重厚感をその身に纏わせていた。

 

一言に

 

古くさい。

 

 

そういう言い方もできた。

 

 

店内にとくとくと溢れる郷愁感

 

そのノスタルジアの成せる業であろうか。

 

 

めっちゃ家に帰りたい、

 

そう思うのは。

 

 

いやいや、

もちろんそうじゃない。

 

大丈夫、ちゃんとわかってる。

 

自分の置かれている状況から

すこし逃げたくなっただけ。

 

 

カフェラテの泡のように白い彼女のワンピース

 

そのお尻の部分が血で濡れている。

 

この状況から。

 

 

彼女はまだ

その事実を知らない。

 

だから彼女は笑っている。

笑っていられる。

 

もちろん僕はそれを知っている。

 

だから全く笑えない。

 

京都全然楽しくない(^-^)

 

 

下鴨神社の境内での出会いから

はや2時間。

 

その間に僕らがとった行動を以下に記す。

 

 

__下鴨神社で初見の挨拶を済ませたあと。

 

 

糺の森を南へ下り。

 

河合神社で互いの恋の成就を祈願し。

 

御蔭通を横切り。

 

鴨川デルタに降り立ち

とりあえず写真を撮り。

 

大学生らしき風貌の若者を眺め

その全てを京大生と決めつけ、拝み

とりあえず写真を撮り。

 

賀茂大橋を意味もなく二往復し。

 

今出川通を東へ向かって歩き。

 

京都大学への侵入を試み。

 

大学内部の時計台の前で写真を撮り。

 

学食でカツ丼を食らい。

 

構内のベンチでおしゃべりをして。

 

最後にもう一度

北門前で写真を撮り。

 

__そして、いまに至る。

 

 

その間、彼女は気付かない。

気付く素振りさえ見せない。

 

一体、何なんだ!?

 

この状況は何なんだ!?

 

最初はハラハラドキドキしていたが

いまではもう鈍感な彼女に対して

憤りさえ感じている。

 

大体、オカシイとは思わないのか?

 

これだけ大勢の人が

君のことを見て笑っているんだぞ。

 

ほら、あの人なんて指を差して笑っているぞ!

 

え、なに、もしかして

注目を浴びている理由は

 

私が可憐で美しいから。

 

とでも思ってんの!?

 

違う、違うよ!

そうじゃないよ!

 

たしかに君は

 

可憐で美しくて

愛らしくて可愛くて

そのうえ愛想は良いし

気が利くし

ぱっと見おっぱいも大きいし

足もとっても綺麗だけれども

 

違うよ!

そうじゃないよ!

 

それらに勝るとも劣らないオプションが

お尻についてるからだよ!

 

血がついてるからだよ!!

 

 

僕は男だから

生理がどういったものなのか

わからないけれど。

 

君は感じないの?

 

あれ、今日はなんかいつもより量が多いなあ。

 

とか思わないの?

 

そういうもんなの?

 

 

僕が抱いている憤りは

なにも彼女へ向けたものだけではない。

 

むしろ不甲斐ない

自分に対してのほうが大きい。

 

(どうして早く伝えてあげないんだ、おれ!)

 

 

バケツに溜まった雨水のように

 

時間が経てば経つほどに

言葉はその重みを増す。

 

もう吐き出せない。

 

言葉を喉まで押し上げようにも

気持ちが先に潰れてしまう。

 

 

今度、同じ境遇の女の子を見かけたら

その時はすぐに伝えてあげよう。

 

そうしよう。

 

バケツに水が溜まらぬうちに。

 

 

ああ、良い経験になったなあ(^-^)

 

ということで

 

 

今日はもう帰ります!

 

 

__しかし、帰れない。

 

 

僕は彼女に伝えることを諦めた。

 

 

ふふ、だがね

そう簡単に見損なってもらっては困るよ。

 

僕は決して彼女を救うことを

諦めたわけではないのだからね。

 

窮地に立たされた僕の脳は

アルセーヌ・ルパンのその孫もビックリの

とんでもない奇策を思いついたのである。

 

 

(フッ、これならいける。)

 

にやついた男の顔が

冷めたブレンドに浮かんだ。

 

 

 

第四話/下鴨神社で会いましょう。冷めたブレンドはお好きですか?

 

-完-