第一話/下鴨神社で会いましょう。

 

インターネットの

とあるコミュニティサイトで

知り合った女性と

 

先日、京都で会いました。

 

今日は彼女との出会いによって生じた

嬉し恥ずかしの出来事について語ります。

 


『恋愛とはなにか?

 私は言う。

 それは非常に恥ずかしいものである。』

              by 太宰治

 

 

下鴨神社で会いましょう」

 

すべてはその一言から始まった。

 

 

賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)

 

通称、下鴨神社

京都市左京区に鎮座する

世界遺産登録という大それた肩書きを持つ大神社である。

 

その境内にある

糺の森の北口の鳥居の下にぽつりと立って

 

僕はただ、ひたすらに考えていた。

 

どんな女性が来るのだろう、と。

 

 

__さて、

話は少し脱線するが

まだ見ぬ女性の登場を待つ間

 

今日こうして、憧れの彼女との対面を果たすに至った

その経緯について語らせて頂こうと思う。

 

 

とあるコミュニティサイトで僕らは出会った。


彼女に初めてのメッセージを送ってから

約一年もの間

 

僕らはお互いの近況を報告しあったり

趣味の話をしたり

恋愛における自身の価値観を晒し合ったり

 

世間一般の男女の間で

往々にして繰り広げられているであろう

お互いの懐の探り合いを楽しんでいた。

 

では、僕が彼女に対して

具体的にどのようなメッセージを送っていたかというと

 

例えば……

 

 

・好みについて

「好きな色は何色ですか?」

 

・趣味や関心事について

「オススメの映画とかってありますか?」

 

・過去の失敗談について

「学生時代に

 自分のことを

 

  ”オイラ”と呼んでいた時期がありました。

 

 ええ、消し去りたい過去です(^-^)」

 

・日常の些末な出来事について

「今朝のことです。

 

 いつものように

 職場まで車を走らせていると

 

 西の空に二本の大きな虹が架かっているのを見かけました。

 

 今日はきっと良いことがあるな。

 

 そう感じました。

 

 

 そして、時は過ぎ、夜です。

 

 良いことなんてなにもなかった(^-^)!!」

 

・将来への展望について

「会いたい時に

 会いたい人に

 会える男になりたいです!」

 

・互いの恋愛観について

「何かフェチってありますか?

 ちなみに僕は眼鏡を掛けた女性に猛烈に惹かれます」

 

・理想の恋人について

「好きなタイプを教えてください!」

 

・現在の恋について

「ちなみにいま

 気になっている人はいるんですか?

 

 おお!それは誰ですか?

 

 まあ、聞ても僕にはわからないと思いますけど 笑」

 

 

__といった具合である。

 

 

メッセージのやり取りを重ねるほどに増していく

相手への興味と期待。

 

会いたいけれども、会えない。
会ってみたいけれども、会いたくない。

 

そんな矛盾した感情が

頭の中で交差する。

 

日に日に高まっていく相手への期待。

 

恐らくもう、現実の”アナタ”は

頭の中で想い描く”アナタ”には勝てない。

 

お互いがそのことに気付いている。

 

だからこそ

会ってみたいけれども、会いたくない。

 

胸に抱くもどかしさ。

 

厄介なことに

それが僅かに心地良い。

 

いまが楽しい、充分に。

いまも楽しい、十全に。

 

だが、しかし

それでも、やっぱり、もしかして、と。

 

理想を越える現実に期待している自分もいて

 

結局のところ

前向きで欲張りな僕らは

あるとも知れない刺激的な未来のために

今ある平凡な幸せを安易に犠牲にしまうのである。

 

結果

 

遅かれ早かれの帰結として

 

 

下鴨神社で会いましょう」

 

ということになる。

 

 

__さて、話を戻そう。

 

大きな紅色の鳥居の下で

僕は、これから現れるであろう

未だ見ぬ美女の到来を待っていた。

 

「一年もの交流がありながら

 彼女の写真を見たことはないのか?

 望まなかったのか?」

 

これを読んでいるあなたは

そのような疑問を抱かれるかもしれない。

 

よし、答えよう。

 

「ない!

 

 望みはしたけれども、口にはしていない。

 

 だってなんか野暮じゃない?

 そういうのって」

 

……というのは建前で。

 

本当は恐かったのである。

 

実際の彼女の容姿を知って

失望するのが。

 

寛容でない自分を知ることが。

 

その後のうだつの上がらない

メッセージのやり取りを続けることが。

 

演技をするのが。

 

彼女を傷つけるのが。

 

自分が傷つくのが。

 

 

野放しにされた私の頭の中の鉛筆は

小野小町も赤面の絶世の美女を

脳内に描いてしまっている。

 

これはよくない。

 

このままでは

理想と現実とを隔てる壁を

飛び越えられずに衝突し。

 

僕のガラスのハートは砕け散り。

 

そして死に。

 

君たちは笑い。

 

墓標には【勇敢なる阿呆ここに眠る。】

 

それを見て君たちはまた笑う。

 

死してなおエンターテインメントを提供しようとする
その志は立派だが。

 

そこまで献身的な僕ではない。


理性という名の消しゴムで

脳内に居座る美女に修正を加える。

 

「おいおい、知ってんだろ?

 現実はそんなに甘くないんだぜ。
 
 悪いことは言わないからさ

 もうちょっと、もうちょっとだけ

 瞳は小さくしようよ。

 

 口も、いいじゃんか。

 別にアヒル口じゃなくてもいいじゃんか。

 多少、八重歯があってもいいじゃんか。

 

 眼鏡も妥協しよう。

 ね、そうしよう。

 

 図書館司書の資格も持ってなくていいよね。

 それは本当にいらないよね」

 

といった具合である。

 

 

そして、それとは別に。

 

最も悲惨な結末についても考える。

 

 

もしも、待ち合わせているその人が

 

 

もしも、一年間の交流を果たしたその人が

 

 

本当は男だったら。

 

 

しかも、髭面のおっさんだったら。

 

 

そのときは

 

笑おう。

 

 

笑って

 

逃げよう(^-^)

 

 

そんなこんなで

心の中でクラウチングスタートの構えをしていると

 

背後から名前を呼ばれた。

 

 

「こんにちは、憂さんですか?」

 

 

僕は、ゆっくりと振り返る。

 

 

__初夏の日差しが心地よく

  見知らぬ旅先に心は踊る。

 

  糺の森のざわめきは

  輝く明日へのプレリュード。

 

 

「ああ、そうか」

 

残念なことに、彼女は眼鏡をかけてはいなかった。

 

 

それでも、

 

小野小町よりはずっとタイプだ。

 

そう思った。

 

 

 

第一話/下鴨神社で会いましょう。

 

ー完ー